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2003年03月の日記
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●2003年03月31日(月)


母親の実家は、農家ではなかった。
農作業のできない母は、人間扱いされなかったらしい。
家事を支えていても、遊んでいると みなされたという。

ウチが農業をやめてからは、
すぐ近所で小売店をしてて、共働きだった。
でも、家事は 全部 母親の仕事で、母親だけが大忙し。
それなのに、父親は、母親を けなしてばかりいた。
ずるいと思った。

父親は、毎日 子供の前で、
母親は こんなに劣っていて、それに比べ、
自分は こんなにエライと、卑怯な宣伝をしなければ、
自分を保てないほど、自己評価の低い人間だった。

そんな家の中で、母親は すねて黙り込んで、
全てを 他人のせいにすることで、
自分を 守ってきたんだと思う。

私は、母親が 自分では気づかなくても、
父方の血を 憎んでいたと思う。

母親は、家では、滅多に しゃべらなかったから、
私は、母親の話し方、プラス、父親や祖母の話し方のクセを
学習してしまったと思う。
幼い頃、人は そうやって、まずは 自分の身の回りから、
学習を始めるものだから。
TVは、ほとんど 見せてもらえなかったし。

母親は、時々、祖母と似た話し方をする私に、
嫌悪感を 覚えたのだと思う。
直接、祖母や父親に言えない うっぷんが、私に回ってきた。

母親は、いつも 不機嫌で、
毎日のように、「お前は 意地の悪い子だ」
「きっと、祖母や父親に 似た子なんだ」 と言われた。
自分では、そうは、思えなかったんだけど…。



病気の遠因に関しての、話は続くけど、
ここでは、母親には 母親の事情があったという話。
母親は、その事情や気持ちを
私が 少しも理解してないと、思い込んでるけどね。


PM.12:25


●2003年03月30日(日)


私が生まれる前、私の家は農家だった。
そして、そこには、嫁が犠牲になって家族を維持する
…という、封建的な伝統が残っていた。

子どもの頃、あの家には 祖母が君臨していた。
家の中の空気は、始終 ピーンと張りつめていた。

笑って食卓を囲んだことがない。
無言、または父親の自慢話、または祖母の文句。
母親は、すねて黙りこくっている。

うっかり、おかわりの時、「ごはん」 などと言おうものなら、
「ごはん、よそってちょうだい、と言わんかーーーっ」
「それが、親に対して子どもが言う 言葉かーーーっ」
…と、祖母の怒声が とんできた。
うんと、小さい頃から。

うっかり、テーブルに肘を付こうものなら、
「肘つけんなーーーーっ」
「それが、食べさせてもらってる態度かーーーっ」
…と、祖母の怒声が とんできた。
いくら、もっともでも、他に言い方 あるでしょっ。

教育っていうより、
養ってやってるんだから、感謝しろ…っていうのが、
幼な心にも、いつも感じられた…。



人との距離感なんて、家族の中では 学習できなかった。

成長してから、だいたいの距離感は わかってきたけど、
まだ 不十分だっんだと思う。
だから、強迫になって 限界状況に追い込まれたとき、
また、いったん、人との距離感が わかんなくなった。

でも、その限界状況での過程を 経ることが、
人との距離感を、私なりに 掴み直すためには、
必要だったのかな…って思う。


PM.3:04


●2003年03月28日(金)


Who killed Cock Robin?
I, said the Sparrow,
With my bow and arrow,
I killed Cock Robin.


だぁれが 殺した、クック・ロビン
それは私、と、つばめが 答えた
私の弓と矢羽で、私が殺した、クック・ロビンを




クック・ロビンは雄のコマドリ。マザーグースの一つ。
これは、最初の ほんの一小節。長い長い歌。
この歌が、萩尾望都の「ポーの一族」〜小鳥の巣〜の
バックに流れる…。
って言っても、漫画だから聞こえないけど。

私は、萩尾望都で 大きくなった。
友達に 大ファンがいて、その当時までの作品は、
その子に貸してもらって、全部読んだ。
私は「ポーの一族」が特に好きで、自分でも買った。
何十回も読んだ…。( ^ ^;

でも、当時は、作者のメッセージを
あまり 掴めてなかったな…。萩尾望都の作品には、
社会での少数派、迫害される人々、親に捨てられた子とか、
描かれることが 多かった。

他人と変わってるが ゆえに、
嫌われ、疎まれ、仲間はずれに されてた子が、
その変わってる部分によって、輝き出し、光を手に入れる。
他人と違っているところ、ダメだとされていたところ、
そこにこそ、
その子の価値があった…という話。


そういうのが 多かったから、
わかんなくても、惹かれたのかも。

古い作品しか 知らないけど…。
「イグアナの娘」は、ドラマになったから 観たけどね。
あれにも、すごく影響うけたな…。


AM.10:49


●2003年03月27日(木)


昨日の話…、〆(..)カキカキ

昨日は、Λucifer ラストライヴのDVDが
届いたのだ…。なんという贅沢…。
会場は違うけど、私が去年の12月に行った あのライヴ。
4〜5年ぶりに外に出た、大決心ライヴ。

向こうの手違いで、配達の時間指定がズレちゃってて、
心の準備をしていた時間より、かなり遅く届いて、
けっこう大変だったけど、なんとか無事 受け取れた。

でも、疲れちゃったから、DVDの箱は開けずに、
ま〜た、壁に ガムテープで貼り付けたのだ。
今、壁には、4つも通販の箱が 張り付いてる…。( ^ ^;
貼り付けとかないと、自分が ヘンなことしないか、
心配なのよね…。( ^ ^;

でも、DVD 持ってないのよね。( ^ ^;
いつか、治ってバイトして、初めて観れるという…。

それと、友達に送るものが あったから、
それを母親に渡すのにも、神経使ったなー。

宅配便を 受け取るだけでも、神経つかって、
郵便物を 渡すだけでも、神経つかう…そんな生活。
昨日は 配達時間がズレて、親に うるさく言われたから
特に 疲れたんだけどね。気の張る用事を二つしたし。
その後、なるべく ポーっとしてたけどね。


そして今日は…、〆(..)カキカキ

親が メチャ うるさい。疲れるー。
PM.2:28



もうっ、一日中、母親の機嫌が悪い。
母親は、働いてる妹に対しては、常に、ねこなで声だ。
でも、陰では、汚い言葉で 妹への文句も言ってる。

直接、本人に言えない分、その うっぷんが、
全部 こっちにくる。妹のことだけに 限らない。
他で いい顔して、ストレス溜まった分、こっちに回ってくる。

弱い立場だし、迷惑かけてるから、仕方ないとはいえ、
気持ちが 落ち着いたと思ったら、刺激され、
また、落ち着かせた頃に、また刺激され、
またまた、落ち着かせた頃に、またまた刺激され…、
また、また、また…、を 一日中 繰り返されると、
やってられないっ。


PM.9:59


●2003年03月26日(水)


今日は、頑張ったから、
エネルギーが溜まるまで、なるべく心を休めてあげよ〜。
外からの思わぬ刺激も あるだろうけどー。
なるべく、なるべく。
(*’ー’)(,,*)(*‘∇‘)(,,*)うんうん

今年の1月に、ある人が、
私のBBSに、こんな意味のことを書いてくれた。

頑張った自分の心に 「ありがとう」
我慢した自分の心に 「ごめんね」
…そう言ってあげると、いいって。

だから、今日は 「ありがとう」 って、
自分で自分に 言ってあげる…。 o( ^ - ^ )o


PM.8:04


●2003年03月25日(火)


Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the King's horses and all the King's men,
Couldn't put Humpty together again.


ハンプティ・ダンプティ、塀の上
ハンプティ・ダンプティ、落っこった
誰も、彼を もとに戻すことは、できない
ハンプティ・ダンプティは、卵


AM.0:12


●2003年03月24日(月)


おとといの不安感は、とんでもなかった…。
強迫が ひどかった頃の、二度と戻りたくない世界が再来
…したような感じだった。

体の激痛に叫ぶ人のように、
不安の怖ろしさに、泣き叫ばずには、いられなかった。

ありがたいことに、昨日、今日と、かなりマシになった。
なんで、あれほどの不安感が…と思えるくらいになれた。
ってことは、不安が ある程度 鎮まった証拠…。

でも、まだ、かなり不安の強い状態だから、
いつ、不安が膨らむか、ヒヤヒヤもの。

鴉の 見えない爆弾に 取り囲まれた、蔵馬のよう…。
少しでも 身動きすれば、爆弾に当たる。一触即発。
幽遊白書の 「鴉 VS 蔵馬」 戦の話ー。( ^ ^;


PM.4:50


●2003年03月23日(日)


ここんとこ、1〜2時間おきに 目が覚めてたけど、
昨夜は、友達のおかげで、4時間くらい
続けて眠れたよ。ありがとうね。(*- -)人


AM.10:04


●2003年03月22日(土)


混沌とした雲から、湧き出る龍…。

有名な、屏風絵だったか 襖絵だったか…、あったよね。
ちょうど、そんなふうに、もやもやした混沌の中から、
新しい、勢いあるものが、突き抜けてくるのかも、ね。

あの龍の絵は、それを 象徴しているかのよう…。

AM.10:08



不安を 怒りに変えないと、不安に殺されそう…。
苦痛の叫び声を あげないと、不安に殺されそう…。

PM.2:30



やっと、何時間もかかって、不安を鎮めた途端、
なんで、そんなこと すんのよー。
もう、嫌っ、いやっ、い や っ 、 い......や............

PM.7:02



もう、こんな恐怖の世界に 居たくない。
居たくない。居たくない。居たくない。居たくない。
泣きすぎて、まぶたが重い…。
居たくない…。


PM.9:01


●2003年03月21日(金)


前に、友達のBBSに 書いたんだけど、
ここにも 書きたくなったので…。
でも、うろ覚え〜。だいたい こんな感じ。
印象に残ってる言葉…。これは、アニメの方から。



★.... 『赤毛のアン』 アンの手紙より ....★

…道には、ほんとに、
いつも 曲がり角が あるものですね。
その角を 曲がったとき、
そこに、いったい 何を見いだすのか…。

もちろん、広い地平線の向こうに そびえ立つ山に向かって、
真っ直ぐに 走っていた頃の情熱を、忘れた訳ではありません。
でも、細く曲がりくねった道を ゆっくりと歩み始める時、
周りの景色の美しさや、人の情けに触れることが、
多くなったような気がします…。

…それに、何者も、私から、夢見る力や
自由な想像力を 奪うことはできません…。




私自身は、気分最悪。
不安感が なかなか鎮まらない。途方に暮れてるー。


PM.3:58


●2003年03月20日(木)


私の場合、やっぱり セパゾンは、一日1錠までかな…。

減らしたワイパックスが 不調で足りない分、
セパゾンを 2錠以上、飲むと…、
次の日まで 眠気が残り、油断すると、
昼に、うたた寝してしまって、ひどい目に遭う
ことが多いー。(T∇T);

不調な時は、目覚めた後の不安感が 強烈なのだ…。
朝、目覚めた後より、昼に うたた寝して、
目覚めた後の方が、不安感が強い。

そういうときに感じた不安感って、後を引きやすいから困る。
それが、もとで一日中、振り回されたり、
何年間も、振り回されたり…。

だから、なるべく 昼寝はしたくない。
夜の眠りが浅くて、昼に薬で うたた寝してしまうと、
リズムが狂って、不安が湧いて、悪循環に…。(T∇T);

不安の強い時には、大切なことは 考えないように、注意してる。
よけいに 不安になるから。刺激も避けるように、注意してる。
でも、昼に寝てしまうと、私が 避けてても、
周りが刺激してくれるー。(T∇T);
鎮まりかけた不安が、刺激されるー。(T∇T);

ワイパックス0.5mg×6〜8錠
セパゾン2mg×1錠が、私の場合、いいような…。
先生に相談しよー。


PM.6:00


●2003年03月19日(水)


昨日は、ゆっくり 休みたかった。
17日に、エネルギーを使い果たしたから。
でも、休めなかった。

エネルギーが枯渇してしまってるから、
ちょっとしたことでも、不安が大きくなって…、
何もしなくても、ゆっくりしたくても、ちっとも休めない。

昨日は、強い不安が すぐに沸いてきて、
一日中、しんどかった。ほとんど眠れないし…、
かといって、こんな時、昼寝をすると、
目覚めた時の不安感が、朝 起きた時よりも強烈で、
いつも、ひどい目に遭う。

自分のペースでいけたら、
エネルギーを枯渇させる前に、手を打てるのに…。

そしたら 疲れ切ってしまう前に、こまめに休めて、
リズムを崩して不安が強くなるのを、防げるのに…。
ウチの家族と暮らしてると、そうはいかない。
そこまで計算して、計画を立てるべきだった。

今日も 夜明け前から、一悶着あって、まだ、眠れない。
朝にトラブルあると、たいてい 一日中、ひびく。
今日中に、やりたいこともあるのに…。

今日、また、どんな不安が待ってるかと思うと、怖い。

AM.7:22


結局、今日中に、やりたかったこと…、諦めた。
くそ…。できないと困るんだ…。(><。。。

PM.8:20


●2003年03月18日(火)


…昨日の話…、〆(..)カキカキ

昨日は、勝負の日だった。服が届く日だった。
だから、エネルギーを充電して、臨みたかった。
だから、おとといは、なるべく 神経を使いたくなかった。

なのに、おとといは、家族とのトラブルで、
思いっ切り、神経を使ってしまった。
鎮まりかけていた不安感も、ぶり返した。

昨日は、もう エネルギー ぎりぎり。
服を 無事に受け取れたものの、開けようかどうか迷った。
不安感のレベルは、気の張る用事が、
成功するか、失敗するか…の境界線だった。

日数に余裕があれば、開ける日は延ばしてた。
でも、そうじゃなかったから、心と体に耳を澄ませながら、
途中で無理だって思ったら、中止できる段階で、
すぐに中止しようって決めて、用事を始めた。
ある程度 用事が進むと、中止できなくなるから、賭だ。

もう ギリギリだった。なんとか 成功させた。
用事の後、くすぶってる不安を鎮めるために、
大丈夫だという証拠を残すために、
記憶をたどって、そのときの行動の詳細を、覚えてる限り
全て、書き留めた。長い長い文章。

記憶に忠実に 書きたいから、
記憶が新しいうちに、書かないといけない。
だから、用事の続きに、さらに神経と時間を使って書いた。
もう クタクタ…。

AM.11:23


●2003年03月16日(日)


父親め!. 朝っぱらから、
わ ・ ざ ・と、 私の強迫を 刺激すんなよっ。
こんな時にっ。

強迫が家にいると、
うっとおしいことくらい、わかってるさっ。
だから、なるべく 家族に 迷惑かけないようにって、
これでも、気ぃ使ってるわっ。

普通に生活してて、強迫を刺激するのは、
しゃーないさっ。そのくらい、わかってるさっ。
でも、わ〜ざ〜と〜、刺激せんでも ええやろっ。

いろんな面で 家族の負担になってると、
ちゃんと わかってるっ。ありがたいと思ってるっ。
申し訳ないと 普段から思ってるっ。
だから、こんなこと、言いたくないけど、
人のせいにも したくないけど、
今日は、書かせてもらう。

あんたらの、
あまりの、配慮のなさの おかげで、
何回、ものすごいスランプに 陥って、
強迫の回復が 遅れてきたと 思てんねんっ。

遅れた原因は、私にも当然あるよ。わかってるわっ。
でも、それだけじゃ、ないんだっ。

PM.4:05


夜は夜で、母親が ののしりまくる。
今朝の一件で、私が調子を 大きく崩したからだ。
おかげで、さらに 不安感が高まってしまった。
苦労して、やっと 不安感を少し 鎮められてきてたのに。

あんたら、ほんま、ええかげんにせえやっ。

PM.9:27


●2003年03月15日(土)


今日は、「ぽっけ〜日」 なので、
強迫になる前の話ー。〆(..)カキカキ


病気に ならなかったら、商業写真とか、
ちゃんと、やってみたかったんだー。
使ってたのは、昔の 普通の一眼レフだけどね。

女のバイク友達と、バイクの写真年賀状を作ろうぜっ、
てことになって、そのコの家の近所の公園なんぞで
撮影したのだ…。はずかし…。あはは…。 (⌒▽⌒;

人が、ちらほら いたけど、車両進入禁止のとこに、
バイクを そっと 持ち込んでぇー、
光線の加減と背景の いい場所、探してぇー、
そのコは、撮影用の服まで 持ってきててぇー、

…「あいつら、何しとんねん」 が 始まったのだ。

そのコの愛車は、レトロな感じのクラブマン。
場所が決まったら、そのコは、バイクの雰囲気に合う
全く季節はずれのコートを、ささっと着てぇー、
帽子かぶってぇー、ポーズつけてぇー、

逆光気味で、露出を 人物に合わせたら、
いい感じに背景が 白くとんで、微妙な光線も入って、
なかなか 雰囲気ある写真に 仕上がったー。☆(/⌒∇)/

カメラ屋さんに頼んで、「無粋な文字」 なし、にしてもらった。
で、そのコが自分で、写真に合う 金色のマーカーで、
写真に重ねて 英文字を書いて…、おぉーって感じー。

恥ずかしかったけど、メッチャおもろかったー。

AM.11:19


●2003年03月14日(金)


まだ 不安感が強いから、
自信なかったけど、おととい届いた服を
無事に出せて、安心できる方法で しまえて、
ほっと、一息〜。

12日に届いたんだけど、
その日は、不安感が強すぎて、服の用事 以前に、
一日中、次々沸いてくる 不安への対処に 追われてた。

仕方ないから、服の箱は開けずに、
箱ごと、ガムテープで 壁に貼り付けてた。
私が、服の箱を、わざと どっかに移動させたら、どうしよう、
…って心配になるから。( ^ ^;

だから、ガムテープを はがしたら、証拠が残るように、
みぃ流?の張り方で 壁に貼り付けてた。
みっともな〜い張り方ー。( ^ ^;
でも、おかげで、無事、今日まで安心してられたし、
今日は、無事に開けれて、うまくいったし、
やれやれ〜。o(*^▽^)o

まだ、来週、服くるんだけどねー。
明日は、ぽぉ〜と しよぉ〜。

PM.6:17


●2003年03月13日(木)


サーバー移転完了後、少し遅れて、
今日から 日記の表示ができるように なりました。
前回の移転では、私が使ってるプロバイダが
一番 遅かったので、今回、Hiroさんが いろいろ
気遣ってくれました。どうも ありがとう。


私は、昔から、
次々に 襲ってくる 不安に 対処するために、
妙な標語というか、自分なりの決まりを作ってた。

私の場合、朝でも、昼でも
目が醒めたときの不安感が、一番 強い。
そういう 不安感の強い時間帯は、
心配事があっても、わざと 考えないように、我慢してきた。

たとえば、前の晩に 必死で鎮めた不安のことが、
気になって、朝の不安定なときに、思い返したりすると…、
せっかく、鎮めた不安が ぶり返して、
全て、おじゃんに なってしまうことがあるのだ…。

だから、朝 起きたとき、
まだ くすぶってる 昨日の不安が 出かけようとしても、
出ないように、必死で止める。

「朝は、思い返したくなっても、不安を思い返さない」
「不安が もやもやした状態の時に、そこで 止めてしまう」
「それ以上、考えを進めない」
「昼寝は、極力しない。不安な時間帯が 増えるから」

鎮まりにくい不安に対しては、
大丈夫だよ…って、自分に 言い聞かせるために、
大丈夫な証拠を いくつも思い返して、
自分を安心させようと したりするけど、

朝は、わざと、それを しないようにしてるの。

AM.11:51


●2003年03月10日(月)


人は、普通、緊張と弛緩の リズムの中で、生活してる。
そのリズムの中で、体や心のバランスが
うまく保たれ 維持されているって聞く。
何かの原因で 弛緩できず、緊張状態が ずっと続くと、
バランスが崩れ、いろんな病気になるという。

心の病だって、そうだろう。

強迫の場合、ピーンと張った緊張の連続が続く。
うまく弛緩できなくなっている。
ただ、疲れ切ったとき、不調という形で、
弛緩したいよ〜っていう悲鳴が
上がってるのかもしれない。

それが、この病気の 好不調の波かもしれない。
波、大きいからねー。

どうせ 波があるのなら、この波を 利用してやろうって思う。
できれば…、の話だけどね。( ^ ^;

やるときは 思いっ切り やって、休む時は、思いっ切り 休む。
ちょっと行動しただけで、たいてい 予想以上の
エネルギーをくってるから、一仕事?した後は、
ぽおぉぉぉーーーーっと するのだ…。

まだ、力が 残ってるような気がしても、ポケ〜と…。
わざと、メリハリを つけてみるの。
こちらから、緊張と弛緩のリズムを促すの。
そしたら、自然なリズムが 戻ってくるか〜もしれない。

AM.10:18


●2003年03月07日(金)


おとといから、不安感が
ものすごく強い状態が 続いてる。

昨日、エネルギー使いすぎて、朝からずっと、体も心も、
重〜くて だる〜い。微熱がある感じ。

春の外出は、諦めた…。間に合わない。
もともと ギリギリの予定で やってるから、
途中で 続けざまに トラブルが挟まったら、もう無理。

こんな過敏な時に、母親が 私の恐怖の元を 刺激する。
嫌、嫌、嫌、嫌ー。 止めて。しゃべらないで。
疲れた。疲れた。疲れた。疲れた。疲れた。

ひとしきり 言い終わっても、まだ言ってくる。
「強迫神経症は、周りが 絶対に悪くて、
自分が 絶対正しいと思い込んでるって、
新聞に書いてあった」 だってー。

読んでないけど、書いてなかったと思うなー。
きっと、記事の意味を 取り違えてると思うなー。

だって、私、そんなこと 思ってないもの。
強迫の友達みてても、そんなこと 思ってないもの。

母親は、なに読んでも、なんの番組みても、
自分の都合のいいように 解釈し直しちゃう。
だから、誰が何を言っても 無駄。
いつもそう、全然かわってない。

PM.5:34


●2003年03月06日(木)


2月中、動けなかったのが、きつすぎた。
まだ、リズムも戻らない。
時間が足りない。

AM.11:14

●2003年03月04日(火)


3時間で 目が覚めたら、まだ いい方。
1時間半で 目が覚めちゃったら、くっそぉ〜・だよ。

食べれない日が続いてた時、強迫も きつかったから、
それまで、セパゾン1錠だったのを、3錠にしてたのね。
それに、しんどかったから、昼に横になってると
寝てしまうことが 多かった。
なんか、それから 睡眠のリズムが 戻んない。

今は、セパゾンは、
夕食後と寝る前、1錠ずつに してるんだけどね。
でも、夜中に 目が醒めちゃうー。
寝直しても、全部で4時間半くらいしか、
寝れてないみたいだなー。たまに6時間。

枕が欲しいー。
低い枕でないと、よく眠れない。
強迫になってすぐ、愛用の枕が パーになって、
たいてい、枕なしで寝てる。

枕、買いたいんだけど、
強迫で かなり お金かかるから、
何年間も、ずっと言い出せなくて、我慢してるー。(T T);

枕を買った方が、少しでも 早く治るような
気がするんだけど…。
でも、この春は、外に出るのに、服、その他で
お金かかるから、無理だなー。

だって、ほとんど、何も持ってないんだものー。
強迫で 泣く泣く 捨てちゃって。
一文無しなのに…。

AM.11:43


●2003年03月03日(月)


昨日の日記と 関係するから、
また、過去のメモをば…。〆(..)カキカキ

私が 尊敬してる先輩のことを、
親友と 電話で話したときに、感じたこと。
親友は、先輩のここが困る〜って、グチってたー。


[1997.3.14.FRI]..................................................................................

なぁんだ、先輩だって、小者じゃん〜。
文句 言ってる友達だって、小者じゃん〜。
でも、小者なとこあっても、やっぱり、先輩は素敵な人だよー。
その友達だって、すごく好きだよー。

小者なとこあっても、先輩だって、友達だって、
だから嫌いとか 思わないよ。嫌な人だとか 思わないよ。
小者だったら価値がない、なんてことないんだー。

私、やっぱり、心のどこかで、
人間的に もっと立派にならなきゃ、自分には価値がない、
このままの私だと、私には価値がない、
…な〜んていうのから、抜け出せないでいたんだ。
親の価値感から、抜け出せてなかった…。

でも、小者でも よかったんだー。
だって、小者でも、嫌悪感なんて 感じないものー。
部分については、嫌なとこあってもさっ、
その人全体については、別なんだよー。

…突然、ちらっとだけ、小者の私が いとおしく思えた。
.......................................................................................................................


もっと立派に、っていうか、完璧でなければ、
…私は、人に嫌われてしまう…って恐れてた。
…そのままの自分では、嫌われてしまう…と。

でも、尊敬してた先輩の 小者的部分を、
以前より、い〜っぱい 知っても、
ちぃ〜っとも、嫌じゃないのに 気づいて、
やっと、完璧でなくても いいんだーって、
自分を客観観できた。
ていっても、いまだに 強迫だな〜。( ^ ^;

そういえば、先輩の小者的部分を、ある程度
知ってたときから、それでも尊敬してたもんな〜。

深夜 24:29


●2003年03月02日(日)


子供の頃から、完璧主義の傾向があった。
それは、きっと…。

…子供の頃の話…

たとえば、私は、私のまま
ごく 普通にしてるのに、なぜか、母親が不機嫌だ。
たぶん、私以外の理由から、不機嫌になっていて、
不機嫌な感情のまま、私に接していたことが、
多かったから…だろう。

でも、幼い私には、そんなことは わからない。
母親の不機嫌は、自分のせいだと思い込む。

だけど、どこが悪いのか、いくら考えても わからない。
わからないから、とにかく、全てにおいて、
これが 一番いいのかな っていう行動を目指す。
自分なりに 完璧だと思う行動を 目指してしまう。

それは、母親に 認めてもらいたいため。
どうすれば、認めてもらえるか、わかんないから、
とにかく、完璧なおりこうさんに なろうとする。

母親が、毎日 不機嫌だった理由は、実は、
ほとんど、私以外のところにあった。
あんな家庭環境じゃ、無理もない。

でも、幼い私には、そんなこと、全くわからないし、
小学生になっていって、少しずつ わかりかけてきても、
感情が ついていかない。相変わらず 不機嫌な母親に
微笑んでほしくて、よい子を続けてしまう。

認めてほしい…、
ただ、それだけのために、
完璧を求めるクセが ついてしまったのだと思う。

AM.7:02


●2003年03月01日(土)


冷たい雨の日。
今日は、ほんとは、暖かいんだろうか、寒いんだろうか…、
私には 寒いから、よくわかんない。

でも、気の張る用事を、3つ した。
友達に送る物も あったから、それが一番大変だったかな…。
私にとっては。普通の人にとったら、なんでもない
ことなんだけどねー。

私には、安心して使える 便箋や封筒が、
ほとんどないから、それの確保が 大変なの。
家族に、買ってきてもらうのが、悪くって、
何年も、我慢してるから。

通販で、そんな雑貨、あまりないしねー。
あっても高いのとか、毎月くるとか…。
そんなの無理だもの。

代わりになるものを 探すのにも、いつも悩む。
自前の封筒の材料を 見つけるのも、大変なの。( ^ ^;
まぁ、今日は、なんとか…。
誉めたげよ…。

PM.9:59



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